アスレティックトレーニングの世界では、選手の怪我を回復まで持っていく期間のことをアスレティックリハビリテーションと呼んだり、英語ではしばしば”Rehab”と略されて呼ばれます。また、日本では”アスリハ”と略して呼ばれることもあります。
スポーツ傷害のリハビリというと、患部組織の治癒とその機能改善にフォーカスを置いたアプローチを多く目にします。
患部組織の治癒は大切ですし、特にリハビリ初期においてはリスペクトされるべきことです。
しかしながら、アスリートのリハビリは、最終的にアスリートが競技に復帰して本来のパフォーマンスを発揮できるようサポートしていくことがゴールになります。
私が以前の働いていた職場では、リハビリに変わる言葉としてリコンディショニング (Reconditioning)という言葉がよく使われており、さらにいうとAthletic Reconditioning Modelという考え方のもと、受傷から競技復帰及びトップフォームへの継続的なサポートが行われていました。
このAthletic Reconditioning Modelを提唱するのがBill Knowles (以下Bill)で、以前の職場で関わることが多く、私のリハビリの概念を大きく変えるきっかけになった人物です。
ちなみにBillは世界中にクライアントを抱えるプラクティショナーであり、私がいた頃にはテニスのトッププレーヤーであるアンディ・マリーがリハビリで彼の元を訪れていました。
メディカルベースの従来のリハビリテーションモデル

Billは彼が執筆の一部を担当したSports Injury Prevention and Rehabilitation: Integrating Medicine and Science for Performance Solutions (Joyce et al., 2016)の中で、従来型のリハビリについて以下のように述べています。
リハビリテーションとはメディカルベースのモデルで、その対象はアスリートである場合もあればそうでもない場合もある
Bill Knowles
理学療法を想像してもらえればわかりやすいかもしれません。疾病による運動機能の低下を食い止め、改善していくのもリハビリですし、歩いてて転んでしまって骨折をした場合にその患部の治癒と機能改善を図るのも同じリハビリです。
このように従来のリハビリとは、アスリートのように競技活動を行わない、一般の方も対象としていることが多いです。
リハビリテーションには怪我ごとにリハビリテーションプロトコルが設けられることが多いですが、しばしこれらのプロトコルはメディカルベースであり、基本的には患部機能の改善にしか触れられていないことが多いです。
患部外の機能について触れられていたとしてもそこまでこまかな記述があるものはほとんど見かけません。
この点においてBillは「それらのプロトコルは整形外科医によって作られることが多く、それは損傷組織の治癒を最優先したもので、できる限り患部に負担がかからないように組まれていることが多い」としています。
言い換えると、巷に出ているリハビリのプロトコルの多くはかなり”保守的 (Conservative)”であり、本来アスリートが戻るべきトップフォームから逆算されたものではなく、怪我を出発点として損傷組織が治癒することをメインに考えられたものであることが多いと言えます。
よく選手が怪我をして、全治何ヶ月、などと言われることがありますが、これも大体は損傷組織の治癒にかかる時間を指していることがほとんどで、実際に練習に復帰して、試合で怪我前のパフォーマンスが発揮できるようになるにはさらに時間がかかることになります。
以前の記事で、怪我の修復には適度なストレスが必要だと言うことを話しましたが、あまりに患部をリスペクトしすぎると、修復に必要なストレスがかけられず逆効果を招くこともあります。
パフォーマンスベースで考えるリコンディショニング

以上にあげた従来のリハビリテーションに対して、Billが提唱しているのがリコンディショニングです。
これは競技アスリート(レベルを問わず)の受傷後から、競技復帰、さらには再受傷を予防しながらの競技の継続を目指すためのトレーニングプロセスになります。
従来型のメディカルベースのリハビリと大きく異なるのは、患部の機能改善を図ると同時に、患部外のも維持・改善して長期的にアスリートのパフォーマンスをベストの状態に戻して行くところにフォーカスしている点です。

Billはこれを”Athletic Normal”と呼んでいます。怪我した部位の組織が修復され、さらに身体全体の機能が受傷前と同じレベルに回復し、制限なく競技復帰した状態を指す言葉です。
彼のAthletic Reconditioning Modelの特徴は、患部の治癒をリスペクトしながらも、リハビリの初期からその患部を取り囲む機能、ひいてはアスリートの身体機能全面に対して積極的にアプローチして行く点です。
以前RICEに関する記事で、受傷後早期からの患部に動きを与えて行く重要性について書きました。
それをさらに患部外に広げて、残っている健全な機能を積極的に使って維持・向上させて行くのがReconditioningの基本的な枠組みになります。
加えて、リハビリとリコンディショニングを大きく区別する点としては、患部の治癒のタイムラインを中心に考えるか、患部を含む各身体機能の回復をクライテリア(判断基準)ベースに考えるか、があります。
多くの場合、リハビリのプロトコルは患部の治癒のタイミングに沿って、エクササイズプログラムが組まれていきます。タイムラインに合わせてプログレッションが行われていくので、患部外の身体機能の回復が見落とされてしまうことも少なくありません。
一方でリコンディショニングは、アスリートの身体機能を段階的に区別し、特定の機能が回復するまでは次の段階に進むことはありません。わかりやすい例をあげれば、いくら医学的に患部が治癒するだけの十分な時間が経っていても、代償なしに歩けなければジョグはさせないし、片脚でジャンプが正しくできなければスピードをあげたランニングには移行させない、と行った具合です。
リハビリとリコンディショニングの決定的な違い

最後に、Billが従来型のリハビリとパフォーマンスベースのリコンディショニングとの違いで強調しているのが、エクササイズの強度です。
彼によると、前者は低強度から中強度のエクササイズが中心で、遅筋繊維(Type I Fiber)への刺激が多くを占めると言います。
一般的なリハビリを考えると、自重で3セットx10回、コントロールされたスピードで行われるようなものが多く、彼の主張が良く分かります。
いわゆるアスレティックトレーニングルームのベッド上や、病院内のリハビリテーションクリニックなどの限られたスペースで行われるリハビリは、このようなエクササイズが中心になっていると思います。
実際、私自身もキャリアの最初の方はこのような低中強度のエクササイズを中心に処方して、その後少し外を走らせたりしただけで、その後いきなり選手を練習に戻していたこともあったなと思います。
それに対してReconditioningは、低強度からよりスポーツの強度に近い高強度なエクササイズまで、順を追って処方します。なので多くの競技スポーツで優位に使われる速筋繊維(Type 2 Fibers)への刺激もしっかりと含まれます。
重りを使ったり、バンジーを使ってジャンプさせたり、ランニングプログレッションもリニアだけでなく多方向 (Multi-Dementional Speed and Agility; MDSA)にしたり。
競技の練習に戻る前に、競技内で起こる動作と同じ強度のエクササイズをアスリートに課して、強度に対する耐性を確認した上で、段階的に競技練習へと戻していきます。
リコンディショニングの総仕上げ:最悪の事態を想定する

ここまで話を進めてきたAthletic Reconditioning Modelからはすこしそれますが、大きな枠組みとしてのリコンディショニングの考え方としてWorst Case Scenarios (Taberner et al., 2019)とかMost Demanding Passage (Martín-García et al., 2018)といった言葉があります。
日本語にすると“「最悪の事態」に備える”といったところでしょうか。
繰り返しになりますが、アスリートが怪我から復帰する際の最終ゴールは患部の治癒ではなく、元々あったパフォーマンスへの回帰、もっと言えばさらなるパフォーマンスの向上にあります。
選手のスムーズで安全な復帰を促すには、実際に競技の試合と同じレベルの強度やボリュームに対して、選手の身体が耐えられるかを確認することが大切です。
その確認を怠ったまま選手が突然試合に出ることになり、怪我のリコンディショニング内で行なってきたこと以上の身体的負担を急に課された時に、再受傷もしくは患部以外の怪我のリスクは一気に上がります。
選手をWorst Case Scenarioに備えるには、その選手が試合でどのくらいの運動量や運動強度で動いているかを知っておく必要があります。
サッカーで言えば、1試合にスプリントスピードで何メートル走るのか、何回高強度の加速や減速を繰り返すのか、または試合で最高時速何キロ程度で、それを何回走ることがあるのか、と言った具合です。
バレーボールで言えば、選手が1試合で何回ジャンプするのか、何回アタックやサーブを打つのかなどでしょうか。
今ではGPSやカメラの発達により、選手の運動データが練習でも試合でも取れるようになっているので、より選手個々人のパフォーマンスに応じたリコンディショニングが組み立てられるようになっていると思います。
この辺の話をしだすと、また何個も記事がかけてしまうと思うので本記事では省略します。
まとめ
- リコンディショニングにおいて患部の機能改善はあくまでも一部。全体の機能を包括的に維持改善して行く。
- タイムラインベースではなくクライテリアベース。段階的にできることを一つ一つ確認して行く。
- 競技特異的なエクササイズの選択を。低強度から高強度へ。競技で起こりうる”最悪の事態”に備えた負荷の与え方を考える。
個人的にはアスレティックトレーニングを勉強し始めた頃からリハビリの分野が好きでした。
そしてリコンディショニングの考え方に出会ってさらに選手を怪我から復帰させる仕事の奥深さを学びました。
前職で出会ったBillや他のプラクティショナー達はATやSC、PT達でしたがみんな揃って「パフォーマンス」のマインドセットを持った人たちでした。
アスレティックトレーナーも怪我についてだけではなく、パフォーマンスの分野についてももっと専門知識を高めていくべきだと思います。
この業界にいる限り、知識技術の研鑽に終わりはありません(常にこのコメントしてる気がする。笑)。
Akira
Reference
Joyce, D., & Lewindon, D. (2016). The Performance Team. In Sports injury prevention and rehabilitation: Integrating medicine and science for performance solutions (pp. 1–10). essay, Routledge.
Martín-García, A., Casamichana, D., Díaz, A. G., Cos, F., & Gabbett, T. J. (2018). Positional Differences in the Most Demanding Passages of Play in Football Competition. Journal of Sports Science & Medicine, 17(4), 563–570.
Taberner, M., Allen, T., & Cohen, D. D. (2019). Progressing rehabilitation after injury: Consider the ‘control-chaos continuum.’ British Journal of Sports Medicine, 53(18), 1132–1136. https://doi.org/10.1136/bjsports-2018-100157
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