前回の記事ではリハビリとリコンディショニングについて、私の恩師の一人であるBill KnowlesのAthletic Recondition Modelの考えも含めて、”あえて”それら二つを違うものとして話をしました。
相変わらず、シンプルに文章にまとめるのは苦手だなあと感じるのですが、少しでもリコンディショニングの意味や大切さが伝われば幸いです。
リコンディショニングの仕上げで考えるべき、競技内で起こりうる「最悪の事態」

前回の記事でWorst Case Scenarioとはなんぞやというお話はさせていただきましたが、リコンディショニングにおけるWorst Case Scenarioの考え方は、
「選手が実際に試合でプレーした時に直面する、最も身体的に負荷の高い局面=最悪の事態に備えて、実際にそれが試合で起こる前のリコンディショニングの段階で、その負荷に選手が耐えられるかどうか予め確認しましょう」
というものです。
選手が競技復帰する前の段階から、段階的にリコンディショニングの強度やボリュームを、実際の競技のそれらに近づけていく。
よく考えたらすごく当たり前のことで、どのプラクティショナーやコーチでもやってそうなことです。
しかしながら、競技に復帰するまでは割と低・中負荷でベーシックなエクササイズやドリルのみを行って、競技復帰しながら練習の中で負荷を上げていく(悪く言えば勝手に上がっていく)ケースも少なくないと思っています。
というのも怪我をした選手をリハビリ・リコンディショニングさせる時に一番怖いのが、その怪我が悪化したり、良くなっていたのに再発することだからです。
必要以上に悪化や再発を恐れ、Conservative (保守的・慎重)になりすぎて、リコンディショニングの強度が上がらないままに選手が試合の負荷にさらされた時、再受傷もしくは新しい怪我が発生するリスクは急激に上昇します。
リコンディショニングの中で必要以上にリスクを避けることが、実は選手が復帰した後々に、更に大きなリスクを生み出す可能性があるというジレンマです。
意外と多くのプラクティショナーが陥りがちな落とし穴ではないかと思います。
Worst Case Scenarioを導き出す

Worst Case Scenarioの定義はある程度分かって頂けたと思いますが、実際にそのアスリートが競技復帰後に直面しうる最悪の事態を想定するのに役立つのが、実際の試合の負荷(Game demands)になります。
競技やポジションによっては、もしかしたら練習の方が負荷が高い、なんてこともあり得なくはないですが、基本的には練習よりも試合の方が身体活動のボリュームも負荷も多いケースがほとんどです。
例えば、エリートレベルのサッカー選手では、1試合で12km以上走るなんてこともザラにあります。ただ、そんな選手が毎日の練習で12km以上走っているかというとそんなことはありえません。
(このケースがあり得るとするとやたらと練習する高校の部活とかでしょうか。練習場まで走って練習して、その後また練習して、また走って帰ってくるなんて話を強豪校の武勇伝として聞いたりすることがありますが、冷静考えなくてもやりすぎです。そんな練習を続けていたらトレーニングのプロセスで大事なリカバリーの時間も奪われ、慢性的な怪我にも繋がります。そのような想像を絶する厳しいトレーニングを乗り越えてプロになる選手もいると思いますが、その影で怪我で失われた才能も少なくないはずです。)
今の時代はGPSやカメラ技術があるので総走行距離だけでなく、ハイスピードランニングやスプリント及び急激な加速や減速の回数や距離など多くの競技でキーとなる高強度アクションが数値化できるようになっています。
試合で選手が受ける負荷をしっかりと理解した上で、そこから逆算してリコンディショニングの段階を踏んでいく。
繰り返しになりますが、試合の負荷がリコンディショニングのボリュームや強度の調整の重要な基準になります。
このリコンディショニングのゴールを明確にしないまま進めると、必要以上に負荷がかかったりすぎて、怪我が再発してしまったり、また逆に負荷が足りず思った様にコンディションが上がってこなかったり練習の負荷に耐えきれずに別の怪我をしてしまう、といった事態に繋がりかねません。
実際の試合負荷(Game Demands)を見てみる

たとえハイテクなデバイス等がなかったとしても、世の中に出回っている文献を見れば、自分が指導しているカテゴリーの試合の負荷はある程度見当がつけられると思います。
例えば、Reynolds et al. (2021)の研究では、イングランドのU-18, U-23そしてファーストチームまでの、それぞれのカテゴリーにおけるデータを出しています。

GPSの項目(Metric)は使用するメーカーによって違うので細かい言及は避けたいと思いますが、これで世代カテゴリー毎の違いをいくつか見つけることが出来ます。
リコンディショニングをプランニングする際の最終ゴールは、例に挙げたような試合のボリューム、強度に耐えうる身体的耐性をつけていくことです。
チームのプレースタイルによって、選手の走る距離などは変わってくるので、その点は注意が必要ですが、リコンディショニングの基準となるデータがあるとないのとでは大きく違うと思います。
エリートレベルにおける、試合時のGPSデータから見られる特徴とリコンディショニングとの関連性

Reynoldsらが特筆した点として、世代カテゴリー間でのHigh Intensity Burst Distanceの差があります。
High Intensity Burst Distanceの定義は「20秒以内に三回以上発生した高強度の加速や減速、そして11Gを超えるインパクトの総距離」です。
ちょっとイメージがしにくいと思うのですが、 ここでは連続した高強度のアクション、と考えてもらえれば良いです。
このHigh intensity Burst DistanceがU-18<U-23<1st Teamと、プレーカテゴリーが上がるごとに上昇していることが分かります。
故にリコンディショニング内でも、試合で起こるようなHigh Intensity Burstのアクションを取り入れて、実際に選手がその負荷に耐えられるかを確認することが大切であると言えます。
一方、このデータについて注意が必要な点として、報告されているデータが90分間を通したトータルの数字であることがあります。
サッカーに限らず競技には”流れ”があって、時間帯によってによって身体的負荷の波があります。
例えば、上記の図にある様に、U-18のスプリント距離の1試合平均は110m程です。しかしながらこれは、110mを一気に走ったわけではなく、試合の展開に応じて発生した長短異なるスプリントが積み重なった結果です。
もしかしたら、終始試合をコントロールしていてボールを保持していたために、全くスプリントをしなくても良い状況だったのが、最後の15分になって攻勢が逆転し、相手チームにひたすらにゴールに迫られ、防戦一方で何度もスプリントを繰り返した、なんて展開の試合もあったかもしれません。
非常に極端な例ではありますが、このケースでは試合の最後の15分間を切り取ると、その局面が他の時間帯と比べてスプリントの負荷が集中していることが分かります。
この様に、その選手にとってのWorst Case Scenarioをより厳密に導き出すためには、1試合を通したデータの合計を見ることに加えて、1試合の中でより身体的負荷の高い局面をさらにクローズアップすることも必要になってきます。
この話をすると長くなるので、この点についてはまた別の機会に記事にする予定です(ブログ、頑張ります。笑)
まとめ
- リコンディショニングの仕上げでは実際の試合の負荷が大切な基準となる。中でも最も負荷が高い局面であるWorst Case Scenarioを把握しておくことが大切
- 指導する年代よって試合の負荷は異なるため、リコンディショニングの負荷のかけ方も変わってくる
- 競技のポジションによっても試合の負荷は違うため、その点を考慮した段階的なリコンディショニングのプランニングが大切
今回は新たなキーワードであるWorst Case ScenarioやGame Demandsが出てきましたが、普段のスポーツのトレーニングも実際の試合から逆算されてプランニングされる様に、リコンディショニングも試合の負荷を基準に進めていくことがBest Practiceと言えると思います。
これらのキーワードを考えだすと、よりパフォーマンス分野の知識や経験も求められてくるので、メディカルよりのリハビリが中心のアスレティックトレーナー やPTは難しい部分が出てくることもあると思います。
ただ、競技スポーツをみる以上、リハビリとパフォーマンスは一直線上にあるので切り離せない関係にあります。
パフォーマンス分野の勉強を積んでいくことも大事ですし、SCやスポーツサイエンティストとうまくコラボレーションしながらやっていくことが、結果的に怪我から復帰を目指すアスリートにとっての最善の利益 (the best interest)になるはずです。
Akira
Reference
Oliva-Lozano, J. M., Fortes, V., Krustrup, P., & Muyor, J. M. (2020). Acceleration and sprint profiles of professional male football players in relation to playing position. PloS One, 15(8), e0236959. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0236959
Reynolds, J., Connor, M., Jamil, M., & Beato, M. (2021). Quantifying and Comparing the Match Demands of U18, U23, and 1ST Team English Professional Soccer Players. Frontiers in Physiology, 12, 948. https://doi.org/10.3389/fphys.2021.706451
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