サッカーのポジションに見る、試合の負荷(Game Demands)の違いとリコンディショニング

前回の記事では、リコンディショニングにおけるWorst Case Scenarioの考え方について書きましたが、今回はさらに踏み込んだ話です。

Worst Case Scenarioはリコンディショニングの最終段階で非常に重要な考え方

メディカルベースの従来型のリハビリでは、競技特性があまり考慮されず、患部の修復の時系列に沿ってプログラムを組み立てます。

しかしながら、同じ怪我であっても、選手によってプレーする競技も違いますし、競技内のポジションによっても試合における身体的な負荷(Game Demands)は大きく変わってきます。

分かりやすく言えば、サッカーにおけるフィールドプレーヤーとキーパー、野球で言うファーストとピッチャー、バレーで言うアタッカーとリベロなどでしょうか。

試合における身体的な負荷の違いやポジションの特性に応じたリコンディショニングが、競技復帰後の傷害予防やパフォーマンス発揮に大きく関わってきます。

今回は、私が長らく携わっているサッカーを例に(サッカーばっかりですんません。笑)、異なるポジションにおけるGame Demandsの違いについて、掘り下げてみたいと思います。

ポジションによる試合の身体的負荷の違い

Photo by Kelly Lacy on Pexels.com

サッカーの試合において真ん中とサイドの選手を比較すると、サイドの選手の方が長い距離を走ったり、スプリントの回数が多い傾向にあります。

この違いはリコンディショニングの仕上げで、ランニングをプログラミングする際に重要な指標になってきます。

例えば、Oliva-Lozano et al. (2020)の研究で、スペインリーグのチームを13試合追ったデータがあります。

Oliva-Lozano et al. (2020)

CDがいわゆるセンターバック、WMFがサイドのミッドフィルダーですが、スプリント距離(SPD)を見ると、センターバックは1試合平均で約149m走るのに対して、サイドのミッドフィルダーは約338mと二倍以上の距離になります。

スプリント回数で見ても8.6回vs 15.9回と、この項目でもサイドのミッドフィルダーが二倍以上多いスプリント回数を記録していることが分かります。

更に細かく見ると、一回のスプリントでどれくらいの距離が出るかを示す値である平均スプリント距離(SPDAVG)も、センターバックは平均16.9mにであるのに対して、サイドのミッドフィールダーは21.6mとなっています。

このことから、サイドのミッドフィルダーの方が一回のスプリントにつきより長い距離を走ることが分かります。

もちろん、このデータは研究に含まれる特定の選手のものなので、一概に他のチームの他の選手にも同じことが当てはめられるとは限りませんが、”大きく”みたときにこれらの傾向は同じレベル/カテゴリーのチームであれば適用が可能かと思います。

GPSが使える状況にあるのであれば、リコンディショニングをしているその選手の試合データを蓄積し、それを元にプロファイリングすることが、よりその選手にあったプログラミングをする助けになります。

サッカー以外のスポーツでも、パフォーマンスの鍵となる身体的なアクションの様式は違えど(例えば、打つ、跳ぶなど)、ポジション毎で身体的負荷に特徴的な違いがあるはずです。

バスケットボールを例に取ると、García et al. (2020)は、センターとガードのポジションでは、走行距離 (Total Distance Covered) やピーク速度(Peak Velocity) 、高強度のジャンプ (Jump >3g-forces)などで違いが見られたとしています。

このように、同一競技内でのポジション特性を理解することで、リコンディショニングをより適切にプログラミングすることが可能になると思います。

ポジション別のゲーム負荷の特徴を踏まえたリコンディショニング

Photo by Nur Andi Ravsanjani Gusma on Pexels.com

先に挙げた通り、サッカーにおいてサイドのミッドフィルダーのリコンディショニングを行うのであれば、スプリントの本数やスプリント距離を重ねるエクササイズはより一層重要になってきます。

少なくとも、その選手が試合で走る距離よりは長い距離を、時間を重ねて段階的に選手に課していくことが、怪我の再受傷や怪我からの復帰プロセスで起こるディコンディションに起因した、新たな怪我の発生を防ぐ大きな要因になると思います。

私がよく参考にしているMatt Tabernerというプラクティショナーがいます。元々、イングランド・プレミアリーグのエバートンやアストンビラで働いていて、現在はアメリカNBAのオーランドマジック(Akiさんという日本人のATCの方もいます。)でDirector of Strength and Conditioningを務められている方です。

例えば彼のEditorial (Taberner et al., 2019)では、試合の負荷を基準にしたリコンディショニングの負荷のコントロールとプログレッションの仕方が紹介されています。

その中に、今回”KPI”として取り上げてるスプリント距離も含まれていますが、リコンディショニングの最終段階では、試合のスプリント距離に対して1.4倍のスプリント距離を選手に課しています。

先に挙げたOliva-Lozano et al. (2020)の研究のCBとWMFのデータに先の1.4倍を掛け合わせると、CBが149m x 1.4=約209mに対して、WMFは338m x 1.4=473.2mとなります。

もちろんこれを1セッションで一気にで走らせるわけではなく、その時の選手の回復具合を見ながら、リコンディショニングのサイクル内で量を分散させるわけですが、これだけ見てもポジションによって取り組まなければならないスプリントの距離には差が出る事が分かると思います。

試合の1.4倍のスプリント距離というのはあくまでも一例で、選手によってそれが十分である場合もあれば、そうでない場合もあるかと思います。

この辺りはプロクティショナーの匙加減、”Art”の部分になってくるのではないでしょうか。

Editorialの中でMattが、センターバックとサイドのミッドフィルダー(もしくはサイドバックの可能性もありますが)の試合の負荷の特性を踏まえたボールを使ったランニングドリルを紹介しているので、以下に載せておきます。

ちなみにMatt(馴れ馴れしくFirst Nameで呼んでいますが、あったこともありません。笑)は、リコンディショニングのプログレッションをControl-Chaos (コントロールーカオス)の物差しで考える手法を紹介しています。

以下の動画はChaosにカテゴリー分けされるドリル(その中でもHigh Chaos=認知機能的にも最も複雑性が高く、競技特性やポジション特性が盛り込まれたもの)になります。

一つ注意すべき点として、毎回のリコンディショニングでボールを使えば良いかというとそうではないと私は考えています。というのもボールを使うと本来出したい身体的な負荷を狙い通りに引き出せないことが出てくるからです。

リコンディショニングにおけるランニングの導入では、まずはボールなしのコントロールされた環境の中で行い、仕上げにより競技特性に特化した、カオスな状況(ボールを使い、リアクティブで状況判断を伴うもの)の中でスプリントを行うというように、段階を踏むことが大切になります。

サッカーにおけるサイドのポジション特性に特化したランニングドリル (Taberner et al., 2019)
サッカーにおける中央の選手のポジション特性に特化したランニングドリル (Taberner et al., 2019)

競技特性やその競技のポジション特性を理解するために大切なこと

Photo by cottonbro on Pexels.com

以上、リコンディショニングにおけるサッカーのポジション特性について、スプリントアクションを例にとって話をしました。

我々アスレティックトレーナー やSCが、テクニカルスタッフ(競技コーチ)の様にポジションの特性や役割を高いレベルで理解するには、その競技のコーチングを深く勉強し経験を積まなければならないと思います。

上記に紹介したMatt Tabernerはヨーロッパでのサッカーのコーチングライセンスを持っているようですが、元々はストレングス&コンディショニングコーチでサッカーの専門家ではないようです。

彼のようにどの分野でも深い知識経験を積めれば良いですが、そのようなスペシャルな人材はほんの一握りではないでしょうか(ちなみに彼は博士まで修了しています。。。ほんとすごい。。。)。

彼のように、いろんな分野に高いレベルで精通しなくても、アスレティックトレーナー やSCがすぐに実践できることは、その競技のコーチ・指導者と密にコミュニケーションを取ることだと思います。

リコンディショニングの仕上げで、より競技に特化した動きを入れながらスプリントの確認を行いたい。そういった場合は競技をよく知るコーチ陣の知見が大いに生かされる場面だと思います。

何より、リコンディショニングを行なっている選手にとっても、競技と同じ環境の中で走ることで、復帰へ向けたリコンディショニングへのモチベーションも高まるのではないかと思います。

餅は餅屋というように、周りにいる「専門家」の力を借りることも非常に大切なことです。一人でできることは限られていますから(と言いつつも、自分の専門領域を広げていく努力は惜しむべきではないと思います。どっちやねんと。笑)。

まとめ

  • リコンディショニングにおいて、それぞれの競技のポジションの特性を理解することが大切
  • 競技のポジション特性の反映させたプログラミングを(特にリコンディショニングの最終段階)
  • ポジション特性を理解するためにはテクニカルスタッフ(競技コーチ)とのコミュニケーションが大切

ポジションの特性を理解できると、リコンディショニングにおけるプログラミングの幅がグッと広がります。

特に長期のリハビリ・リコンディショニングでは、選手も長い間競技を出来ずフラストレーションが溜まる場面もあります。

選手のメンタル面を考えても、競技特性やポジション特性を踏まえたエクササイズを組み込んであげることは、リコンディショニングをスムーズに進める助けになるはずです。

ちなみに、私が以前働いてた職場では、コーチ陣のリコンディショニングに対する理解が非常に高かったので、よりポジションに特化したエクササイズを導入したい時は、コーチ陣に自分の達成したいフィジカル要素を伝えた上で、それをサッカードリルに落とし込んでもらっていました。

テクニカルスタッフとの関係性は非常に大切だなあと思います。

Akira

Reference

García, F., Vázquez-Guerrero, J., Castellano, J., Casals, M., & Schelling, X. (2020). Differences in Physical Demands between Game Quarters and Playing Positions on Professional Basketball Players during Official Competition. Journal of Sports Science & Medicine, 19(2), 256–263.

Oliva-Lozano, J. M., Fortes, V., Krustrup, P., & Muyor, J. M. (2020). Acceleration and sprint profiles of professional male football players in relation to playing position. PloS One, 15(8), e0236959. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0236959

Taberner, M., Allen, T., & Cohen, D. D. (2019). Progressing rehabilitation after injury: Consider the ‘control-chaos continuum.’ British Journal of Sports Medicine, 53(18), 1132–1136. https://doi.org/10.1136/bjsports-2018-100157

コメントを残す