“トレーナー”を目指す前に知っておきたいトレーナー業界の教育・給与事情:イギリスS&C、Sports Sientist編

先日、Sportsmithというスポーツ医学・スポーツ科学に関するブログやポッドキャストを運営する媒体から興味深い調査がリリースされ、それをTwitterに取り上げました。

筆者Twitterより

日本ではお金の話はタブーな雰囲気がありますが、自分の目指す職業の給与・報酬の実態を認識しておくことは必須だと思っております。

仕事に見合う報酬を受けられないことがある場合、自分自身がハッピー仕事を続けられないし、そういう業界はSustainableではないと私は考えています(みんなそうか。笑)

私自身は、自分が学生時代に目指していた米国公認アスレティックトレーナー (BOC-ATC)がどのくらいの学位を持って、またどのくらいの給与をもらって仕事をしているのか、考えたことも教えてもらったこともありませんでした(暗に、トレーナー業界は厳しい、と諭してくれる方はいました)。

認識していたこととしては、アメリカのアスレティックトレーナーの殆どが大学院まで修了している、ということくらいでした。そのことがアスレティックトレーナーの社会的地位の向上に関わっていて、結果的に給与にも影響しているということは知りませんでした。

そのこと自体は今振り返ってもネガティブには考えていないですし、その当時はとにかく「俺はアメリカに行ってアスレティックトレーナー になるんだ」というその一心で、学生トレーナーとして勉強に実習に励んでいたと思います。

お金のためにアスレティックトレーナーになろうとは考えていなかったので、実際に業界の実態を知った時もそこまで驚きはなかったのも事実です。

実際、ATCになった後の2年間は非常に安い給料で(おそらく日本の大学生がバイトを詰め込んで働くよりも低いお給料。笑)、必死に大学やプロチームでインターンをしていましたし、その時は自由に使えるお金がほとんどなかったですが、好きなことを仕事にすることが出来、毎日が大変ではあるものの充実していました。

実際に下積み時代に書いているブログ記事もあるので是非読んでみてください。よりリアルな声になっていると思います。

現役の”トレーナー”として働く今は、学生さんには自分が目指す職業の現状、良い面もこれから改善が必要な面も、客観的に知ってほしいと思いこの記事を書いています。

British Football Performance Staff Survey

今回、Sportsmithが行った調査はイギリス(イングランド、スコットランド、ウェールズを含む)におけるストレングス&コンディショニングコーチ(S&C Coach)とスポーツサイエンティスト(Sports Scientist)の保持している資格や学位、そして給与についてです。

尚、今回は一般的によく言われる”トレーナー”の中にこれらの職業を含めて紹介しています。いわゆるトレーナーと言ったときに、実際に意味されていることの多いアスレティックトレーナー については、また別途記事にしたいと思います。

細かい数字等は実際にご自身でウェブサイトに飛んでご確認いただきたいのですが、この調査に回答した138人のS&C Coachの平均給与は35,000ポンド(ボーナス前; Pre-Bonus)で、日本円にすると約535万円(1ポンド153円で計算。2021年11月22日時点。)になります。

一方で、給与の範囲は16,000ポンド(£16K)から2,08,000ポンド(£208K)とかなりの開きがあることが分かります。日本円にすると約245万円から3182万円の範囲に渡ることになるので、本当に「ピンからキリ」ということがわかると思います。

今回のSportsmithの調査に回答した138人のS&C CoachとSports Scientitは、イングランドプレミアリーグ(EPL)からイングランド4部、スコットランドリーグ1部〜2部、ウェールズリーグ1部で働く人たちで、地域や競技カテゴリーが異なるため、この様に給与範囲が幅広くなったといえると思います。

キャリアを重ねていけば夢のある仕事とも言えますし、下積みや限られたスポットに入り込めない人材にとってはなかなか厳しい業界ともいえるのではないでしょうか。

特にプレミアリーグは、人の入れ替わりが激しいと思うので、給与が高い代わりに次の年には首を切られて仕事がない、なんてことも多いと思います。

なので、額面で見れば一見高いと思われる報酬も、その裏には大きなリスクがあることも念頭に置かなければなりません。

S&C、Sport Scientitにおける学位別平均給与

次に、それぞれの回答者が取得した、学位別の給与平均は以下の通りです。

  • 学士(Bachelors):34,000ポンド(約502万円)
  • 修士(Masters):42,000ポンド(約642万円)
  • 博士(Doctoral):52,000ポンド(約795万円)

これだけ見ると博士号を持っているプロクティショナーが最も高い報酬を受けている様に見えますが、別途記載されている給与範囲を見ると、学士や修士を持っている人でも博士を持っている人よりもより多くの給与を受けている場合もあります。

取得学位だけで、将来得られる給与が絶対的に固定されるわけではないですが、学位が上がるほど専門性が高まり、プラクティショナーとしての希少性も高まるため、それに応じて平均的な給与も上がっているということになります。

この調査では、学位による給与水準に加えて、リーグ別の給与平均や範囲、役職別(Regular, Assistant, Headなど)の給与平均なども記載されています。

当然ですが、より責任のある役職につくほど給与は上がっていきます。なので少なくともイギリスでは、順当にキャリアを積んで役職が上がっていけば、必然的に昇給も期待できるということになります。

もちろん、責任の大きい役職も数が限られていますので、そことたどり着くのも大変ですし、前述の通りそのスポットは限られています。

臨床博士という選択肢とその広がり

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話が脱線しますが、アメリカで学生や仕事をしていたときによく先輩に聞いたのが「PhDを取得すると逆に現場での仕事を取りにくくなる」ということです。

これはアスレティックトレーナー に関してよく話されていたことではありますが、いわゆる”トレーナー”と呼ばれる職業は現場職なので、PhDの様に研究職をメインとするところまで学位をとってしまうと、Overqualified(資格過剰)とみなされ敬遠されることも多いとのこと。

実務職でそこまで研究能力が必要ないというのもありますが、一番はPhDに与えなければいけない給与水準が高いのが原因であると思います。

ただ現在では、Clinical Doctorate(臨床博士)と言って、研究職ではなく現場職向けの博士プログラムも出てきています。

今回紹介しているS&CやSport Scientistではないですが、アメリカではアスレティックトレーナー や理学療法士には、Doctor of Athletic Training (DAT)、Doctor of Physical Therapist(DPT)と呼ばれるClinical Doctoral Program(臨床博士プログラム)が用意されています。

理学療法士に限っては、DPTを取らないと理学療法士にはなれないので、そもそもその職種の最低学位が博士レベルとなっており、必然的に給与水準も高くなっているのが現状です。

こう言った理由から、例えばアメリカでは「アスレティックトレーナー ではなく理学療法士になろう」という学生も少なくないと思います。

これに追いつこうと、アスレティックトレーニング界もDATプログラムを推し進めて、社会的地位を向上させようとしている段階です。

最終的には、アメリカでアスレティックトレーナーになるには、博士号(DAT)を取らなければならなくなる時代が来ると思われます。

今はDATを持つアスレティックトレーナー が希少ですが、いずれはそれが当たり前になるので、さらに差別化を図るために違う資格を取ったり、また違った大変さがでてくるかもしれません。

“トレーナー”として職業を選ぶときに、自分がどこまで勉強をしていくか、というイメージもしていけると良いと思います。

勉強すればするほどお金はかかりますが、その分将来的に帰ってくるリターンも大きくなる可能性が高まるのも事実です。

日本では、そもそも大学院まで修了する人が多くないですし、修士や博士が社会的に価値のあるものとして認識されていない側面もあるのではないかと感じています。

ただ、前述のイギリスやアメリカを見るとスポーツ科学・スポーツ医学の多くの人材がより高度な学位を取得して仕事をしている状況です。

個人的には、日本もこれに追随していかなければならないと思いますが、これは時間のかかる作業でしょう。

まとめ

  • イギリスのS&C・Sports Scientitsの平均給与は約530万円
  • 学位や役職、地域や働くリーグのカテゴリーによって給与水準は大きく異なる

平均給与を見ると、イギリスでのこれらの職業的地位は日本よりも高いのではないかと思います。

更に、最低賃金や物価自体も違うと思うので一概に給与が良い悪いの判断は出来ないと思いますが、一つの参考にはなるとは思います。

これらの要因を差し引いても、イギリスと同様のケースを日本で期待するというのは難しいのが現状ではないでしょうか。

これは勝手な印象ですが、特にイギリスのSports Scientitsは多くの人がPhDを持っている印象です。これも給与水準を高めている要因の一つかもしれません(Sports Scientitになりたいという人はぜひイギリスへ!笑)。

日本においては、修士を持った人材もまだまだ少ないのが現状です。更に言うと、S&CやSports Scientistとして、チーム付きでフルタイムで働ける人もほんの一握りです。

念願かなってチーム付きで働けるとしても、家族を養うために十分な給与をもらえるポジションはおそらく限られているでしょう。

多くの学生トレーナーが、将来プロスポーツで働くことを夢見てこの業界に入ってくると思いますが、現状では非常に限られた数の椅子取りゲームに参加せざるを得ない状況です。

我々現役世代が、この業界の職業的地位を高められる様に、みんなで一丸となって頑張っていかなければならないと感じる日々です。

一生懸命勉強して、仕事して経験を積んで、いつか自分のことだけではなく業界のためになる様なことを成し遂げられる様、まずは目の前のことに全力を尽くします。

(真面目か。笑)

Akira

Reference

British football performance staff survey. (n.d.). Sportsmith. Retrieved December 9, 2021, from https://www.sportsmith.co/reports/british-football-performance-staff-survey/

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