昔の自分がまさにそうだったのですが、アスリートのスポーツ傷害を見るときに、思考がメディカル•スポーツメディシンに寄りすぎると、例えば”腿裏が硬い”とか”肉離れした筋の筋力が弱い”や、”骨盤が前傾しているから”など、非常に限定的な見方に陥りがちです。
しかしながら多くの怪我の原因は、関節や筋などの身体のごく一部の要因に留まることは少なく、アスリートの身体的・精神的な側面はもちろん、アスリートを取り囲む環境的側面など、複合的な要因によって起こることがほとんどです。
これを踏み違えて、 単関節の可動域不足や一筋肉の筋力不足などの一要因だけに原因を求め、それを解決するために奔走しても、もとめている結果=傷害の回復や再発防止が達成されないことがあります。
今回は、スポーツ傷害を引き起こすの要因と、それを踏まえたスポーツ傷害のマネジメントについて考えます。
大学男子サッカーチームのアスレティックトレーナーをしていた時の話

今から5年前の2017年、私はアメリカのノースカロライナ州の大学で、アメリカで二回目となる大学院生をやりながら、その大学のアスレティックトレーナーとして、男子サッカー部をサポートしていました。
余談ですが、1回目の大学院はテキサスの学校に通っておりました。
そのあと一年のインターン期間を経て、フルタイムの仕事を探しましたが、ビザをスポンサーしてくれるチームや大学が見つからず、それでもアメリカに残るために大学院に入り直した時期でした。
アメリカの大学サッカーは、夏休みの途中からプレシーズンが始まり、9月から11-12月の短い間にシーズンが行われます。
プレシーズンは約数週しかなかったと記憶していますが、その短期間に8-9件近くの内転筋の肉離れやその他のグロインペインに見舞われたのがこの時期でした。
今考えても、あり得ないほどに怪我が頻発していて、毎日治療にリハビリに奔走していました。グロインペイン(Athletic Pubalsiaと呼ばれたりもします。)について、論文などで深く学んだのはこの時期でした。
その時の私は、選手個々人の柔軟性のなさや筋力不足など”内的要因”ばかりに気を取られていました。
Soft tissueのトリートメントを徹底して、可動域や筋力などのスクリーニングを行い、選手にセルフケアのエクササイズも処方しましたが、次から次へと出る怪我に、何が原因なのが突き止められずにいました。
その後、Tim GabbettがACWR (Acute chronic Workload Ration)を提唱して有名になったTraining Loadという、考え方に出会ってから気づいたわけですが、そのチームはプレシーズンの初日からフィットネスランを含む、ハードな二部練習をガンガンやっていました。
(その後ACWRは、Impellizzeriなどの他の研究者によって、統計方法などに問題があることが指摘され、その有用性に疑問が持たれることになりました。しかしながら、私はGabbettの考え方自体には賛成で、ACWRは使っていなものの、彼の提唱するTraining Loadに関する概念は有効だと思っています。)
大学生の夏休みと言ったら、プロと違いますので、自分たちで大したトレーニングもやらずに帰ってくるわけです。
やっていたとしても、サマーリーグ的な即席チームで休みなく練習をやって、身体が回復する間も無く帰ってきたりします。
そんなコンディションの中で、いきなりとてつもないボリューム、そして強度のトレーニングをすれば、怪我が出るのは無理ありません。
当時の私がまずすべきだったのは、サッカーコーチと話をして、トレーニングのボリュームや強度のバランスを取ることだったと、のちに気づくことになります。
当時はアスレティックトレーナーになって一年しか経っていなかったですし、トレーニング負荷をコントロールするということは、そもそもアスレティックトレーナーの仕事としてはなかったので、無理なことだったとは思います。
振り返ってみると、大学院のアスレティックトレーニングプログラムでTraining Loadについて学ぶこともなかった気がします。GabbettのACWRの理論が出る前だったのもあるかもしれません。
この私の体験は、Training Loadという一要因に関する例ではありますが、スポーツ傷害を扱うときは”木を見て森をみず”にならないように、常に広い視点を持つことが大切だと思っています。
スポーツ傷害の内的要因と外的要因

スポーツ傷害の原因には内的要因と外的要因があると言われています。
内的要因とは、冒頭に触れた様な選手個人の身体に関わること、例えば柔軟性や筋力、年齢、傷害の既往歴など、選手の身体に直接関連することが含まれます。
それに対して、外的要因とは、男子サッカーチームの例にあるような、Training Load (トレーニング負荷)や、例えば天候、グラウンドの状況など、選手の身体に直接関係のない外側の要因が含まれます。
アスリートの怪我を予防したり、怪我を治して再発予防を行う時には、以上にあげた内的要因と外的要因の両方を考慮することが大切です。
スポーツ傷害においてコントロールできる要因とコントロールできない要因

スポーツ傷害の要因の考え方には、以上の二分類の他に、Modifiable factor(コントロールできる要因)とNon-modifiable factor(コントロールできない要因)という二種類の分類があります。
コントロールできる要因としては、繰り返しになりますが、選手の柔軟性や筋力、身体組成や睡眠を含む休息などの内的要因と、トレーニング負荷などの外的要因があります。
一方で、コントロールできない要因としては、年齢や既往歴などの内的要因、また天候やピッチコンディション、危険なタックルなどの相手プレーヤーのアクションなども外的要因に含まれると思います。
Modifiable Factor; コントロールできるスポーツ傷害の発生因子にフォーカスする

前述の通り、スポーツ傷害を見る時に力を注ぐべきことは、怪我には様々な要因が絡み合っていることを認識した上で、コントロールできる要因を一つずつ抽出し、それらの要素に一つ一つアプローチしていくことです。
単に柔軟性がないだけで、肉離れするわけではありません。身体が硬くても、肉離れをしない選手は沢山います。
筋量が多くて、筋力が大きい選手でも肉離れをすることはあります。逆に身体が細くても、肉離れを起こさない選手も沢山います。
怪我が発生した時に、一つのことだけに原因を求めようとすると、それがうまくいかなかった時に路頭に迷うことになります。
そして、コントロールできることにフォーカスすることで、よりやるべきことが明確になると思います。
人生も同じことですね。笑
また、以上にあげた要因に対して一人のプラクティショナーが対応することも非常に難しいです。
だからこそ、スポーツドクターやATや PTなどのメディカルスタッフ、さらにはパフォーマンスコーチやスポーツ栄養士など、多様な専門家が集まったMulti-Disciplinaryチームを形成することが、スポーツ傷害を扱う際に非常に重要になってきます。
まとめ
- スポーツ傷害の原因は内的要因と外的要因に分けられる
- スポーツ傷害の外的要因と内的要因は、更にModifiable Factor; コントロールできる要因とNon-Modifiable Factor; コントロールできない要因に分類される
- 多様な専門家・考察による、多角的なアプローチが大切
今回は、スポーツ傷害の発生要因について考えました。
概念的な話で、あまり興味をそそるような内容でなかったらごめんなさい。笑
ただ、スポーツ傷害が起こるのは、単に身体の一部の機能不全ではなく多くの要因が絡み合って起きる、これを理解するだけで、傷害予防はもちろん、リハビリやリコンディショニングの際のアプローチの仕方も変わってくると思います。
何事もそうですが、常に広い視野で考えられるようになりたいものですね。
(自分にも言い聞かせています。笑)
Akira
Reference
Impellizzeri, F. M., Woodcock, S., Coutts, A. J., Fanchini, M., McCall, A., & Vigotsky, A. D. (2021). What Role Do Chronic Workloads Play in the Acute to Chronic Workload Ratio? Time to Dismiss ACWR and Its Underlying Theory. Sports Medicine (Auckland, N.Z.), 51(3), 581–592. https://doi.org/10.1007/s40279-020-01378-6