昨年のユーロ2020の試合中に、デンマーク代表のクリスチャン・エリクセンが、突然意識を失って倒れたショッキングな出来事は、改めてスポーツメディシンの世界においても、救急体制の重要性を痛感させる出来事だったと思います。
今回はエリクセンのケースをもとに、突然心停止後、そして植え込み型除細動器(ICD)をつけた上での競技スポーツへの復帰について考えます。
もし救急体制が整っていなかったら

幸いにもエリクセンは、迅速なCPRとAED、そして病院への搬送によって、一命を取り留めました。
もし早急なAEDの適用がなかったら。。。
救急車がスタジアムに待機していなかったら。。。
状況が違っていた可能性があったことは否定できません。
心停止は一刻の猶予も許さない状態であり、だからこそ普段からの安全体制作り、そして緊急事態が起きた際のシミュレーションが大切になってきます。
アスレティックトレーナーの方々はご存知だと思いますが、これらの救急体制のプランをEmergency Action Planと呼びます。
- 練習時の安全管理は誰が担当するのか。
- AEDはどこに置いてあるのか。
- 緊急時にはどの病院に搬送をするのか。
- 試合時の救急隊員の手配はどうするか。
- 試合中に病院への搬送が必要となった場合、救急車をどのようなルートでピッチ内に誘導するのか。
簡単な例を挙げましたが、これらを総まとめにしたものがEAPと呼ばれます。
特に、重篤な怪我が発生する恐れのあるスポーツは、このEAPを確立しておくことが必須です。
EAPについてもっと詳しく知りたい方は以前の記事をご参照ください。
植え込み型除細動器をつけたエリクセンの公式戦復帰まで

文献を見てみると、ICDを装着後に競技スポーツに復帰したケースは、少なくないようです。
Lampert et al. (2017)の調査によると、ICDをつけて競技スポーツに復帰したアスリートを対象にした4年間のフォローアップ(n=167)では、不整脈による死亡やAEDを必要とする症例の発生はなかったと報告されています。
また同調査は、ICDによる適切なショックが行われたケースは、競技スポーツの練習や試合時とその他スポーツ以外の身体活動時ともに同じ割合だったと報告しています。
このことから、少なくともこの研究で対象にされたICDを装着した被験者にとって、競技スポーツへの参加が、その後の不整脈に影響したり、不整脈が起きた時のICDの適切な動作(ショック)に影響を与えるものではなかったということが考えられます。
この調査をもとに考えると、ICDを付けての競技復帰は合理的にも捉えられます。
しかしながら、元々エリクセンが所属していたイタリアのセリエAでは、ICDをつけた選手のプレーを認めていなかったようで、彼はICDをつけてのプレーが許可されるリーグを探すことになったようです。
結果的にはプレミアリーグのブレントフォードという小さなチームで、先日公式戦復帰を遂げることになります。
BBCによる彼へのインタビューによると、植え込み型除細動器をつけてのプレー復帰はプレミアリーグ(EPL)では初とのことです。
アメリカ心臓協会とアメリカ循環器学会の報告

American Heart Association (AHA)とAmerican College of Cardiology (ACC)の推奨 (Zipes et al., 2015)では、ICDを装着後の治療において、三ヶ月間Ventricular Flutter (心室粗動)やVentricular Fibrillation (心室細動)がなければ、IAにカテゴリーされるスポーツに関しては参加することに問題はない(文中ではreasonableと表現)とされています (Class IIa; Evidence Level C)。
ちなみにAHAとACCによるスポーツ分類では、サッカーはICというハイリスクのカテゴリーに分類されており(Levine et al., 2015)、上記の推奨には当てはまっていません。
しかしながら、Zipesらによると、サッカーのようにIA以上にカテゴリーされる、よりハイリスクなスポーツに関しても、IAに適応される条件が同様に満たされれば、スポーツ参加が検討されても良い(文中ではmay be consideredと表現)とされています(Class IIb; Level of Evidence C)。
ただしZipesらは、ペースメーカーによる適切もしくは不適切なショックがスポーツ中に起こる可能性が高いこと、そして特にHigh Impactを伴うスポーツで、ペースメーカーによる怪我が起こる可能性があることは考慮・説明がなされなければならない、としています。
この点については、Liz Almeida et al. (2015)がそのSystematic Reviewの中で「過去の研究から、多くのアスリートがICD関連の怪我やそのデバイスの故障、不適切なショック (Inefficient Defibrillation)なく、高強度のスポーツ活動を行うことが可能であることを示唆している」としています。
闇雲に恐れるのではなく、今までのケースを参考にして、リスクをしっかりと理解した上で、復帰をするのか否かの決断を選手やドクターなどが話し合いながら進めていく必要がありそうです。
また、このような大きな問題はリーグ全体でしっかりとした取り決めを設けておくのも必要かもしれません。プレミアリーグでは、そのような取り決めがあったのかどうか気になるところです。
前述の通り、セリエAでのプレーは認められなかったので、なんらかの取り決めがあることが推察されます。
まとめ
- ICDをつけて競技スポーツに復帰したケースはある。
- ICD装着後、競技復帰をして悪影響を被ったケースは限りなく少ない。
- リスクを正しく理解した上で、ドクターやスポーツメディシンスタッフによる復帰の話し合いがなされることが大切。
今回のトピックは、アスレティクトレーナーの範疇で扱うには非常に大きすぎるトピックですが、もし仮に自分自身が働いている現場にICDを装した選手が入っていきたら、その選手が無事に競技生活を継続できるようにどのようにサポート体制を構築するか、それをイメージしながら書きました。
何も知らなければ「ICDをつけたら競技生活なんて無理だろう」と漠然と考えてしまうかもしれませんが、こうやって前例を見て学ぶだけでも見え方が違ってくると思います。
何はともあれ、エリクセンが無事復帰できてよかったですし、彼を受け入れたチームの取り組みが実った結果なのだと感動しています。
Akira
Reference
Lampert, R., Olshansky, B., Heidbuchel, H., Lawless, C., Saarel, E., Ackerman, M., Calkins, H., Estes, N. A. M., Link, M. S., Maron, B. J., Marcus, F., Scheinman, M., Wilkoff, B. L., Zipes, D. P., Berul, C. I., Cheng, A., Jordaens, L., Law, I., Loomis, M., … Cannom, D. (2017). Safety of Sports for Athletes With Implantable Cardioverter-Defibrillators. Circulation, 135(23), 2310–2312. https://doi.org/10.1161/CIRCULATIONAHA.117.027828
Levine, B. D., Baggish, A. L., Kovacs, R. J., Link, M. S., Maron, M. S., & Mitchell, J. H. (2015). Eligibility and Disqualification Recommendations for Competitive Athletes With Cardiovascular Abnormalities: Task Force 1: Classification of Sports: Dynamic, Static, and Impact. Circulation, 132(22), e262–e266. https://doi.org/10.1161/CIR.0000000000000237
Liz Almeida, R., Providência, R., & Gonçalves, L. (2015). Use of implantable cardioverter-defibrillators in athletes: A systematic review. Revista Portuguesa de Cardiologia (English Edition), 34(6), 411–419. https://doi.org/10.1016/j.repce.2015.05.004
Zipes, D. P., Link, M. S., Ackerman, M. J., Kovacs, R. J., Myerburg, R. J., & Estes, N. A. M. (2015). Eligibility and Disqualification Recommendations for Competitive Athletes With Cardiovascular Abnormalities: Task Force 9: Arrhythmias and Conduction Defects. Circulation, 132(22), e315–e325. https://doi.org/10.1161/CIR.0000000000000245